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世界平和なう:正義の見方

2018/05/10(木)
保育園に子どもを送っていった。園の向かいには森があり、そこにリスがたくさんいる。森の境にある柵の上に何かを載せて緊張した面持ちで茂みを見つめる保育士さんたち。その張りつめた雰囲気に声もかけられないでいると、ガサガサと音をさせてリスが出てきて、その何かを咥えて去っていった。保育士さんたちは安堵のため息、歓声も上がった。
 
聞けば、親リスが咥えていた子リスを落としてしまい、それをカラスが咥えて持っていこうとしたが、落とした。その一瞬の隙に救出し、親リスに返したのだという。ぼくも見ていて「よかったですね」などと喜んだし、自分が現場を見ても同じようにしたかもしれない。が…しばらくして、ふと思った。そのカラスはしばらく獲物にありつけていなかったかもしれない。巣に戻れば腹を空かせて泣く子が何羽もいて、「今日こそはまともな食べ物を食べさせてあげたい」と切望していたかもしれない。
  
金子みすずの「大漁」という詩を思い出した。大漁を喜んで祭りのように喜んでいる浜の人々を眺めて、海の中では魚たちがたくさんの死を弔うのだろうと詠んだ詩だ。
化学兵器を使った証拠も明らかにせず、国連決議も踏まえないでシリア政府を“ケダモノ”扱いし、トマホークを100発打ち込むのが正義として罷り通る世の中に必要なのは“正義の味方”ではなくて、“正義の見方”に「?」と立ち止まることの方なんじゃないか。この「?」はいつも二つの態度を含んでいる。
 
一つは、「本当だろうか?」
周りに流されず当たり前を疑うこと。
 
もう一つは、「なぜだろうか?」
人のものの見方を鵜呑みにするのではなく、自分自身で考えること。
 
いろんな思惑とともに発信される情報の海の中、真実がわかりにくい時代だけど、だからこそいつも自分自身にそう問いかけるのを忘れたくない。

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