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アースなあの人:パレスチナに自由を!四国八十八ケ寺1200km巡礼 泊潤安さん その4
「パレスチナの占領に苦しむ人々が救われるように、世界が平和になるように、四国八十八ケ寺、1200kmを巡礼します!」
という思いで巡礼していたアースキャラバンスタッフ、泊潤安(とまり・しゅんや)さんの現地レポートを抜粋して掲載しています。もう満行達成して終わってますけど、ひっこみがつかないので後出ししてます。一気にご覧になりたい方は、FBページからどうぞ。
お遍路は宇宙(植物や大地など自然、人、大霊)とのコミュニケーション。
お遍路をしていると必ず人と出会う。
どういう人と出会うか、そしていつまた再会するか分からないけど、何か意味があるように思う。
88ヵ寺で絵を描くために歩き遍路をしている70才くらいの絵描きの方に出会った。その絵は売らずに、自分をよく知る大切な人に送るんだという。88枚全て揃ったその絵には、その人の人生が全て表現されているのだろう。
ずっと絵を描いて生きてきたが、自分なんて絵描きと呼ぶには及ばない、88ヵ寺の絵を描いて初めて絵描きの人生が始まる気がするとおっしゃっていた。展覧会も開く予定だそうだ。
表現に上手い下手なんてない。自分も何か表現したいなと思った。
"パレスチナを自由に"の旗をさしていると、声をかけられることがある。
「そんなの無理無理。人間の本質は動物だから、また戦争を起こして平和に気づいて、それを繰り返すんだ。」みたいなことを、いきなりケンカ腰で言う人がいて、こっちもイラッときてしまい、「そんなのやってみないと分からないじゃないですか!」などと頭に血がのぼりながら、この人にはあまり関わらずにサッサと行ってしまおうと思いながら話をした。
Bad communication.
そのまま話しを続けていると、この方は、無縁仏に花をたむけたり善行を行いながら20回の遍路をして、修行をされている方だと分かった。その中で思われている言葉を言われたのだった。
そして、なぜか手相を観てもらったり、法然上人の墓が金比羅にあり、実は讃岐で亡くなられたなどの情報もいただき、興味深かった。
別れ際の一言は、「本気でやってみな!」だった。パレスチナの自由の実現、修行することにおいても。
人との出会いの中で、自分の内面に出会う。メッセージをいただく。また、人に与えもする。
コミュニケーションにおいて、良きものを他に与えられる存在でありたい。
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命というのは自と他の交流によって成り立っている。
呼吸は植物とのコミュニケーション。
食事は大地とのコミュニケーション。
そして我々は氣の中でコミュニケーションしている。
如来様(宇宙大霊)とどのように融合しているかが、目に見えない言葉にならないコミュニケーションとして現れている。
言葉というのは霊だから、相手と人間同士のコミュニケーションしているようで、個人を超えて、相手の先祖、相手の未来と交流している。
その一言が相手の未来を変えることもあるし、相手の人生を救うこともある。
そういう言葉をかけたり、引き出したりするのが、本当のあるべきコミュニケーション。
念仏者だったらそれをやってはじめて意味がある。
如来様と対話しているからそれが現われてくる。
(遠藤喨及さんの過去の法話より)