週刊EC 詳細
世界平和なう:招く猫
2018/08/03(金)
友達のM美は不器用で何かにつけて世間と折り合いが悪いものの、猫との相性はいいらしい。彼女自身一人でどこへでも行くし、独立独歩の精神の自由さがどこか猫っぽくもある。
その晩、M美がアパートに帰ると、餌付けしてある野良猫のトラが部屋の前で待っていた。
「お腹空いたの?」
いつもならしおらしく鳴いて訴えてくるのに、その晩に限ってどこか神妙な面持ちで佇み、ドアを開けても部屋に入ってこようとしなかった。
「じゃ、ごはんあげないよ」
ドアを閉めようとすると、後ろを振り返りながら歩き出した。まるで「ついて来い」とでも言うように。
外に出るとトラは静まりかえった住宅街を歩き出した。袋小路から私道を抜けてショートカットしたり、雑草伸び放題の空き地も通った。そんな調子で猫道を経て辿り着いたのは遊具もろくになく誰も使う人がいない陰気な公園だった。そこに野良猫が十匹ほど集まっていた。ただ互いに感応し合ってるような雰囲気だけがある。
トラの後から入ってきたM美を猫たちが一斉に見つめた。トラがほかの猫たちの前をぐるりと回ってからM美を見た。
もしかして自分を仲間たちに紹介したのかと思った。猫の集会に人を呼ぶからにはきっと何かのっぴきならない理由があるはずだ。もしかしてトラに頻繁にマタタビをあげていることが伝わっているのかもしれない。「こいつは話のわかる人間だ」などと。
もしくは、野良猫たちの抱える問題について猫と人間の仲介役を求められていることも考えられる。たとえば保健所が野良猫を駆除することや、愛猫家グループが駆除を防ぐために去勢手術することへの不満を人間側に伝えるために呼ばれたのではないか、そんなことを考えた。
猫たちは所在なく立ち尽くしているM美を尻目に体を擦りながらすれ違ったり、急にケンカを始めたり、あらぬ所を一心に見つめたりしているだけで、特にM美にアプローチしてくるわけではなかった。トラはトラでたまにM美をガン見するほかは特に何も訴えてはこなかった。
そうこうするうち、猫たちは一匹、また一匹と去って行き、トラも他の猫について行ってしまった。M美は一人公園にとり残されて、首を傾げながら帰宅した。
それから数日経った頃、トラはM美の家に来て死んだネズミを一匹置いていった。二度と集会に誘ってくることはなかった。
「結局さ、あたし、何で呼ばれたんだろ?」
「……ね(笑)」
「……ね(笑)」