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世界平和なう:モンスターの告白(連載2) 被害者は加害者に
2018/11/06(火)
〈前回のおさらい〉
前回は、パレスチナ人を迫害するイスラエル兵の残虐行為を取り上げて、なぜ普通の人がテロリストでもなんでもない一般市民を虐殺するようなことができるのか、パレスチナに限らずあらゆる戦場で起きている“普通の人のモンスター化”の謎に迫りたくて、元イスラエル将兵による加害体験を扱った本「沈黙を破る〜元イスラエル軍将兵が語る“占領”〜」をヒントに書き始めたところだった。
ところで、アースキャラバンのドキュメンタリー映画「BE FREE!〜原爆の残り火をパレスチナへ〜」の中で監督が「いったいイスラエル兵は命令されるからパレスチナ人に残虐行為を行うのか?それとも自分の意志でするのか?」と問うシーンがある。実際、極右市民による暴行や全く必要がない状況で兵士が過剰に暴行、殺害することもあるし、組織的に命令としてされることもある。
映画の中ではまた、元イスラエル兵のダニー・ネフセタイさんが自身の経験をもとに「国家の洗脳によって誰でも人を殺せるようになる」と洗脳の影響力を強調していた。もちろん、あらゆる戦争、侵略には権力者側がを自分たちの都合のいいように大衆を操作するのが常套手段ではある。女性も含む全ての国民に三年間の兵役、以後男性は毎年一年に一カ月の予備役が国民の義務として課される徴兵制と合わせて、イスラエルほど徹底して他国の脅威と自国を守るために命がけで戦うことの意義を国民に刷り込み続ける国も珍しい。
イスラエルにおける洗脳と国民の騙されっぷりについては、ユダヤ人監督がユダヤ人差別の実際を取材したドキュメンタリー映画「Defarmation」の中でその一端を垣間見ることができる。(文末にyoutubeリンクあり)「defamation」の意味はここでは「差別」。
この映画はイスラエルに生まれ育ったユダヤ人のヨアブ・シャミル監督がイスラエルの国内で喧伝される「反ユダヤ主義(ユダヤ人差別)」の実態を知るために撮ったドキュメンタリー映画だ。彼は新聞などのメディアで「ホロコースト」、「ナチス」、「反ユダヤ主義」などのワードを頻繁に目にするが、ユダヤ人のための国家・イスラエルでは当然反ユダヤ主義に出くわすことがなかったためにホロコーストのような悲劇を経た今でも世界にユダヤ人差別が溢れている、との報道をにわかには信じられない。そこでその実際を取材することを思い立つ。
監督の取材先は、イスラエルの高校生が毎年3万人参加するホロコーストのスタディツアー、反ユダヤ主義を監視するロビー団体・ADL、イスラエルの右派系会議、イスラエルから国外追放された占領政策に批判的なユダヤ人の大学教授など。
反ユダヤ主義の蔓延を記事にするユダヤ人ジャーナリストはこう語る。
「フランスもドイツも反ユダヤだ。南米ももちろんイスラム諸国もバルト諸国もイギリスも全て世界中がそうだ。客観的でない?ジャーナリズムなんてどうでもいいんだ。彼ら(反ユダヤ主義者)が客観的でないんだから私にもその必要はない。クソくらえだ。」
なんだか、すごいこと言ってますけど(笑)。
彼の腕にはナチスにつけられた収容者番号が入っている。かつて両親とアウシュビッツにいたのだ。
彼の腕にはナチスにつけられた収容者番号が入っている。かつて両親とアウシュビッツにいたのだ。
また、年間予算7,000万ドルを誇る反ユダヤ主義を監視するロビー団体・ADLは国連で40カ国の元首と面会でき、国によっては国賓級の待遇を受けるほどの存在だが、一方で彼らが「増え続けている」と主張する「反ユダヤ主義的事件」は映画の中だけで取り上げられたものに限れば、
・祝日も働かされた(ユダヤ教は土曜が休み)
・反ユダヤ的サイトがあった
・新聞記事が反ユダヤ的
・ユダヤ人の葬儀の場にいた警官が「ユダ公のお守りは疲れた」とぼやいた
といったとるに足らないものばかり。
ホロコーストのスタディツアーでは、教師、スクールカウンセラー、セキュリティスタッフとして同伴するモサド(イスラエル諜報部)のメンバーが口々に「ユダヤ人は嫌われ者でいまだにいつ襲われるかわからない」と恐怖心を煽る。
こんなシーンがある。
街角で座っている老人たちに「どこから来たんだい?」と聞かれたツアー参加者の女子は、「イスラエルから」というと、「中国人と区別つかないな」と言われ、「今のは侮辱発言よ!」と憤る。
友達や教師が怒る彼女を連れて行く。
老人たちは「あの子たち、何言ってたんだ?」ときょとんとしている。
監督が女子にインタビューすると、
「3人の男にユダヤ人だと言ったら嫌な顔をされたの。猿と呼ばれて喧嘩になりそうだった」
と言う。
監督「言ってないよ」
実際、猿なんて一言も言ってないし、ただの世間話という雰囲気だった。
これ、人種差別主義者の白人がアジア人を猿呼ばわりして罵ることがあるけど、この女子がそういう感覚を持ってるんだよね。それで「中国人かと思った」という他意のない発言に対して過剰反応してるわけ。自分がアジア人を差別してるから相手のセリフもそうした気持ちから出てきたものだと思って、自分が差別されてると思ったんだな。女子の方こそ差別主義者なのに。
また、別の学生は「嫌われてるからね。そういえば空港にいた兵士もこわい顔でナチみたいだった。入国審査官はSSみたいだった。」という。
嫌われ者、被害者という色眼鏡をかけて見れば、世の中がお望み通りに歪んで映る。
そしてアウシュビッツの収容所で行われた殺戮の痕跡をまざまざと見て、号泣したり、取り乱して情緒不安定になった学生たちは、こんなことを言うのだ。
「虐殺した連中を殺したくなる」
「私たちの基準はここ(収容所)よ。パレスチナ人はまだマシ。(わたしたちの祖先)は、列車に詰め込まれて同胞殺しをさせられた。これに比べればパレスチナ人はそれほど悲惨じゃない。」
心の奥深く刻まれた(あるいは、刷り込まれた)トラウマと恐怖が自分たちの生存を脅かすきっかけを作りかねない占領政策への批判に蓋をする。散々差別と迫害を受けてきた人々とその末裔が自分たちが一番やられたくないことを人にしている。その不都合すぎる真実を見たくない。自分たちの安全のために。
人が“被害者”として自分たちのトラウマに意識のフォーカスを合わせ、持続する時、被害者が加害者になり、新たな被害者を作り出す。そして悲劇が繰り返されるという構図がよくわかる。反ユダヤ主義を喧伝することの狙いはまさにここにあるのだろう。強い被害者意識を持ち、加害者としての自覚は持たない国民を育てることは、異教徒のアラブ人を排除して強引に建国された国がその路線を堅持し続けるために、この上なく便利なのだ。(つづく)
〈関連情報〉
◉ディファメーション ユダヤ人の内部告発 前編 松嶋×町山 未公開映画を観るTV 85回
◉ディファメーション ユダヤ人の内部告発 後編 松嶋×町山 未公開映画を観るTV 86回
https://www.youtube.com/watch?v=NOrTLNQodr0注:後編のシオニズムについての説明で町山氏が「2000年前に中東に住んでいたユダヤ民族の離散(ディアスポーラ)」について語っているけれど、「ディアスポーラは宗教的伝説であって史実ではない」という説をシュロモー・サンドというイスラエルの歴史学者がその著書「ユダヤ人の起源〜歴史はどのように創作されたのか〜」の中で述べています。